マンションやアパートを借りる時に結ぶ契約書には、「部屋を明け渡しす際には原状に回復してください」という内容が明記されています。
もちろん、使用した家具やベッド、ゴミなどをそのままにして退去する人はいません。
しかし、どんなに頑張って掃除をしても、部屋を借りた当時のようなピカピカの状態に戻せるはずもありません。
居住期間が長ければ長いほど、部屋全体が劣化するのは当たり前です。
そこで、あなたは
「部屋を汚したのは自分なのだから、敷金から引かれるのは仕方がない」
「元に戻すために費用がかかるのはしょうがない」と思っていませんか?
その考えは大きな間違いです!
まずはその点についてご説明します。
敷金は「原状回復(原状復帰)」用の預け金ではない!
「原状回復」という言葉を辞書で調べてみると、
ある事情によってもたらされた現在の状態を、本来の状態に戻すこと。例えば、契約を解除した場合、契約締結以前の状態に回復させること。
と書かれています(デジタル大辞泉(小学館)より)。
契約締結以前!?と驚いた方も多いのではないでしょうか。
もしかすると、この本来の言葉の意味が、いわゆる「敷金トラブル」の元凶なのかもしれません。
「契約締結以前」ということは、畳やクロス、壁紙をすべて張り替えないといけないのでは?と考えてしまいそうです。
確かに、次に部屋を借りる人のことを考えれば、できるだけ美しい状態に戻すべきかもしれません。
しかし、安心してください。
それを行うべきはオーナーである大家さんです。あなたではありません。
元に戻すための費用は、これまでに支払ってきた家賃に含まれています。
敷金を切り崩してまで支払う必要は一切ありません!
国土交通省がガイドラインを発行した理由
しかし、不動産業界において「原状回復」に関するトラブルは増加の一途をたどっていました。
それは当然です。
仮に借り主が見つからずに空室のままであったとしても、部屋は劣化します。その劣化分を修復する費用を「その部屋を借りていたから」「その部屋で暮らしていたから」という理由で、あなたが支払う必要はありません。しかし、多くの大家や不動産業者が「次に借りる人のために」というもっともらしい理由で、高額請求をしていたのですから。
こうしたトラブル多発を受け、国土交通省(当時は「建設省」)は平成10(1998)年3月に【「原状回復」に関する費用負担等のルールに関するガイドライン】を公表しました。
このガイドラインに法的な拘束力はありませんが、多くの裁判事例と取引の実務などが考慮されています。その後、平成16(2004)年2月と平成23(2011)年8月に裁判事例およびQ&Aを追加するといった改訂が行われています。
ガイドラインは全173ページ(1.93MB)で、以下のページからダウンロードできます。
住宅:「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)のダウンロード – 国土交通省
とは言っても、ガイドライン公表後(2009年)でも、こんな不当な請求が平気で行われていたようです。
レオパレスを本日退去したのですが部屋のカーペットにタバコのコゲが有り、張替えという事で5万2千円位と言われました。(YAHOO!知恵袋より)
ガイドラインにおける「原状回復」
国土交通省が公表したガイドラインでは、「原状回復」を以下のように定義しています。
賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること
そして、その費用は借り主が負担すべきと書いています。
しかし、安心してください。
つまり、「通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損」でなければ支払う必要がないということです。
「通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損」とは?
当然ながら、この「通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損」とは、どこまでを指すかが気になります。
ガイドラインでは【損耗・毀損事例の区分】とのタイトルで、次のような図(区分表)が掲載されています。
表内のA、B、Gの区分は以下の通りです。
- A…賃借人(借り主)が通常の住まい方、使い方をしていても発生すると考えられるもの
- B…賃借人(借り主)の住まい方、使い方次第で発生したり、しなかったりすると考えられるもの(明らかに通常の使用等による結果とは言えないもの)
- A+B…基本的にはAであるが、その後の手入れなど賃借人(借り主)の管理が悪く、損耗等が発生または拡大したと考えられるもの
- A+G…基本的にはAであるが、建物価値を増大させる要素が含まれているもの
ガイドラインでは、上記の4項目のうち「BおよびA+Bについては賃借人(借り主)に原状回復義務がある」と書かれています。
しかし…例えば、Bの区分の説明にある、【したり、しなかったりすると考えられるもの】という表記は非常に中途半端です。
「通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損」の具体例
そこで、ガイドラインにはA+G、A+B、Bという区分の具体的な例が、【損耗・毀損の事例区分(部位別)一覧表 (通常、一般的な例示)】というタイトルで記載されています。
AやA+Gに区分される項目
床(畳、フローリング、カーペットなど)
- 畳の裏返し、表替え(特に破損等していないが、次の入居者確保のために行うもの)
入居者入れ替わりによる物件の維持管理上の問題であり、賃貸人の負担とすることが妥当と考えられる。 - フローリングワックスがけ
ワックスがけは通常の生活において必ず行うとまでは言い切れず、物件の維持管理の意味合いが強いことから、賃貸人負担とすることが妥当と考えられる。 - 家具の設置による床、カーペットのへこみ、設置跡
家具保有数が多いという我が国の実状に鑑みその設置は必然的なものであり、設置したことだけによるへこみ、跡は通常の使用による損耗ととらえるのが妥当と考えられる。 - 畳の変色、フローリングの色落ち日照、建物構造欠陥による雨漏りなどで発生したもの)
日照は通常の生活で避けられないものであり、また、構造上の欠陥は、賃借人には責任はないと考えられる(賃借人が通知義務を怠った場合を除く)。
壁、天井(クロスなど)
- テレビ、冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ(いわゆる電気ヤケ)
テレビ、冷蔵庫は通常一般的な生活をしていくうえで必需品であり、その使用による電気ヤケは通常の使用ととらえるのが妥当と考えられる。 - 壁に貼ったポスターや絵画の跡
壁にポスター等を貼ることによって生じるクロス等の変色は、主に日照などの自然現象によるもので、通常の生活による損耗の範囲であると考えられる。 - エアコン(賃借人所有)設置による壁のビス穴、跡
エアコンについても、テレビ等と同様一般的な生活をしていくうえで必需品になってきており、その設置によって生じたビス穴等は通常の損耗と考えられる。 - クロスの変色(日照などの自然現象によるもの)
畳等の変色と同様、日照は通常の生活で避けられないものであると考えられる。 - 壁等の画鋲、ピン等の穴(下地ボードの張替えは不要な程度のもの)
ポスターやカレンダー等の掲示は、通常の生活において行われる範疇のものであり、そのために使用した画鋲、ピン等の穴は、通常の損耗と考えられる。
建具(ふすま、柱など)
- 網戸の張替え(破損等はしていないが次の入居者確保のために行うもの)
入居者入れ替わりによる物件の維持管理上の問題であり、賃貸人の負担とすることが妥当と考えられる。 - 地震で破損したガラス
自然災害による損傷であり、賃借人には責任はないと考えられる。 - 網入りガラスの亀裂(構造により自然に発生したもの)
ガラスの加工処理の問題で亀裂が自然に発生した場合は、賃借人には責任はないと考えられる。
設備、その他
- 全体のハウスクリーニング(専門業者による)
賃借人が通常の清掃(具体的には、ゴミの撤去、掃き掃除、拭き掃除、水回り、換気扇、レンジ回りの油汚れの除去等)を実施している場合は次の入居者確保のためのものであり、賃貸人負担とすることが妥当と考えられる。 - エアコンの内部洗浄
喫煙等による臭い等が付着していない限り、通常の生活において必ず行うとまでは言い切れず、賃借人の管理の範囲を超えているので、賃貸人負担とすることが妥当と考えられる。 - 消毒(台所、トイレ)
消毒は日常の清掃と異なり、賃借人の管理の範囲を超えているので、賃貸人負担とすることが妥当と考えられる。 - 浴槽、風呂釜等の取替え(破損等はしていないが、次の入居者確保のため行うもの)
物件の維持管理上の問題であり、賃貸人負担とするのが妥当と考えられる。 - 鍵の取替え(破損、鍵紛失のない場合)
入居者の入れ替わりによる物件管理上の問題であり、賃貸人の負担とすることが妥当と考えられる。 - 設備機器の故障、使用不能(機器の寿命によるもの)
経年劣化による自然損耗であり、賃借人に責任はないと考えられる。
A+Bに区分される項目
床(畳、フローリング、カーペットなど)
- カーペットに飲み物等をこぼしたことによるシミ、カビ
飲み物等をこぼすこと自体は通常の生活の範囲と考えられるが、その後の手入れ不足等で生じたシミ・カビの除去は賃借人の負担により実施するのが妥当と考えられる。 - 冷蔵庫下のサビ跡
冷蔵庫に発生したサビが床にきる程度であれば通常の生活注意義務違反に該当する場合の範囲と考えられるが、そのサを与えることは、賃借人の善管ビを放置し、床に汚損等の損害付着しても、拭き掃除で除去でが多いと考えられる。
壁、天井(クロスなど)
- 台所の油汚れ
使用後の手入れが悪くススや油が付着している場合は、通常の使用による損耗を超えるものと判断されることが多いと考えられる。 - 結露を放置したことにより拡大したカビ、シミ
結露は建物の構造上の問題であることが多いが、賃借人が結露が発生しているにもかかわらず、賃貸人に通知もせず、かつ、拭き取るなどの手入れを怠り、壁等を腐食させた場合には、通常の使用による損耗を超えると判断されることが多いと考えられる。 - クーラー(賃貸人所有)から水漏れし、賃借人が放置したため壁が腐食
クーラー保守は所有者(賃貸人)が実施するべきものであるが、水漏れを放置したり、その後の手入れを怠った場合は、通常の使用による損耗を超えると判断されることが多いと考えられる。
設備、その他(など)
- ガスコンロ置き場、換気扇等の油汚れ、すす
使用期間中に、その清掃・手入れを怠った結果汚損が生じた場合は、賃借人の善管注意義務違反に該当すると判断されることが多いと考えられる。 - 風呂、トイレ、洗面台の水垢、カビなど
使用期間中に、その清掃・手入れを怠った結果汚損が生じた場合は、賃借人の善管注意義務違反に該当すると判断されることが多いと考えられる。
Bに区分される項目
床(畳、フローリング、カーペットなど)
- 引越作業で生じたひっかきキズ
賃借人の善管注意義務違反または過失に該当する場合が多いと考えられる。 - 畳やフローリングの色落ち(賃借人の不注意で雨が吹き込んだことなどによるもの)
賃借人の善管注意義務違反に該当する場合が多いと考えられる。 - 落書き等の故意による毀損
壁、天井(クロスなど)
- タバコ等のヤニ・臭い
喫煙等によりクロス等がヤニで変色したり臭いが付着している場合は、通常の使用による汚損を超えるものと判断される場合が多いと考えられる。なお、賃貸物件での喫煙等が禁じられている場合は、用法違反にあたるものと考えられる。 - 壁等のくぎ穴、ネジ穴(重量物をかけるためにあけたもので、下地ボードの張替が必要な程度のもの)
重量物の掲示等のためのくぎ、ネジ穴は、画鋲等のものに比べて深く、範囲も広いため、通常の使用による損耗を超えると判断されることが多いと考えられる。なお、地震等に対する家具転倒防止の措置については、予め、賃貸人の承諾、または、くぎやネジを使用しない方法等の検討が考えられる。 - クーラー(賃借人所有)から水漏れし、放置したため壁が腐食
クーラーの保守は所有者(この場合賃借人)が実施すべきであり、それを怠った結果、壁等を腐食させた場合には、善管注意義務違反と判断されることが多いと考えられる。 - 天井に直接つけた照明器具の跡
あらかじめ設置された照明器具用コンセントを使用しなかった場合には、通常の使用による損耗を超えると判断されることが多いと考えられる。 - 落書き等の故意による毀損
建具(ふすま、柱など)
- 飼育ペットによる柱等のキズ・臭い
(考え方)特に、共同住宅におけるペット飼育は未だ一般的ではなく、ペットの躾や尿の後始末などの問題でもあることから、ペットにより柱、クロス等にキズが付いたり臭いが付着している場合は賃借人負担と判断される場合が多いと考えられる。なお、賃貸物件でのペットの飼育が禁じられている場合は、用法違反にあたるものと考えられる。 - 落書き等の故意による毀損
設備、その他
- 日常の不適切な手入れもしくは用法違反による設備の毀損
賃借人の善管注意義務違反に該当すると判断されることが多いと考えられる。 - 鍵の紛失、破損による取替え
鍵の紛失や不適切な使用による破損は、賃借人負担と判断される場合が多いものと考えられる。
ガイドラインを詳しく見たいという方は、住宅:「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)のダウンロード – 国土交通省からガイドラインをダウンロードしてみてください。
ここまで読まれて、「やはり【タバコ等のヤニ・臭い】などはBに区分されているのだから、敷金から費用を引かれても仕方ないのではないか」と思っている方もいるのではないでしょうか?
しかし、安心してください。
そもそも、Bの区分自体が「賃借人(借り主)の住まい方、使い方次第で発生したり、しなかったりすると考えられるもの」という非常に曖昧な表現をされています。
そして、ガイドラインには以下のような表記があるのです。
事例区分BやA(+B)の場合には、賃借人に原状回復義務が発生し、賃借人が負担する費用の検討が必要になるが、この場合に修繕等の費用の全額を賃借人が当然に負担することにはならないと考えられる。
これは、原状回復において「経過年数(耐用年数)」という考え方が導入されたからにほかなりません。
「経過年数」とは?
「経過年数」とは、物の価値は年数の経過によって減少していくという考え方です。
「耐用年数」と呼ばれることもあります。
難しいことではありません。
例えば、新車で購入した車を10年使用して売ろうとした場合、新車の価格で買ってもらうことはできません。なぜなら、購入から10年間使用したことで、その車の価値が下がっているからです。
同様に、部屋のクロス(壁紙)やカーペットなども年々その価値は下がっています。
入居時に新品だったカーペットの価値が退去時に半分(50%)になっていたとすれば、そのカーペットを買い替える際に借り主が負担すべき金額は、最大でも現在の価値(「残存価値」と言われます)である半額(50%)となります。
商品の価値はどのようにして下がる?
ここで誰もが抱くであろう疑問が、「カーペットの価値はどうやって下がるのか」ということです。
クロスやカーペットなどには、以下のように決まった経過年数(耐用年数)があります。
カーペットは6年ですから、その価値が半分になるのは新品購入から3年後ということになります。
- 流し台…5年
- 畳床…6年
- カーペット…6年
- クッションフロア…6年
- クロス(壁紙)…6年
- 冷暖房用機器(エアコン、ルームクーラー、ストーブ等)…6年
- 電気冷蔵庫…6年
- ガス機器(ガスレンジ)…6年
- インターホン…6年
- 書棚…8年
- タンス…8年
- 戸棚…8年
また、以下のような項目は経過年数(耐用年数)を考慮するのではなく、「当該建物の耐用年数」と呼ばれるものが適用されます。
- フローリングの全面張替え
- ユニットバス
- 浴槽
- 建物と一体型の下駄箱
- ふすまや障子などの建具
- 柱
「当該建物の耐用年数」は国税庁が定めており、具体的な年数は以下の通りです。
- 軽量鉄骨造(住宅用)…19年
- 木造(住宅用)…22年
- 重量鉄骨造、鉄骨造(住宅用)…34年
- 鉄骨鉄筋コンクリート、鉄筋コンクリート(住宅用)…47年
つまり、自分が借りていた賃貸物件がどれに該当するのか、また、何年に建てられた物件であるかが重要になります。
まとめ
例えば、あなたが6年間借りた部屋を退去するなら、入居時に新品だったカーペットの価値はゼロ(正確には1円)となっています。つまり、「カーペットの取り替え費用を敷金から徴収」は通用しません。
さらに、あなたが入居した時、クロスやカーペットなどすべてが新品とは限りません。
その場合、「経過年数(耐用年数)」は購入時にさかのぼって考慮されます。
入居の時点で、クロスやカーペットなどの価値が目減りしているかもしれないのです。
これで、冒頭で書きました
「部屋を汚したのは自分なのだから、敷金から引かれるのは仕方がない」
「元に戻すために費用がかかるのはしょうがない」
という考えが大きな間違いであることをご理解いただけたのはないでしょうか。